残雪なお軒下にうずたかく、未だ冬の名残も去り難けれど、我等が南極の地にも更生の春が訪れようとして居る。
茲に南極の地ならず仮想空間に於ける我等が『南極大臣民帝國』の建國準備を開始する。
何故仮想空間に於いてか?それは我々が南極大陸を現実に奄有する事を欲しないからである。
南極は人類のみならず、広く生物全体に残された最後の宝・処女地であり、
漫画『風の谷のナウシカ』で示された、「魂でのみ辿り着き得る清浄の地」であることが相応しいからである。
我等が國の正式名称は『南極大臣民共和帝國』である。
まづ「南極」は古代支那の「商」代(「殷」とも言う)に於いては太陽そのものである。
地球の概念がないので、南に行けば暑くなる事の連想より、南の極まりには太陽に行きつくと考えられたのである。
太陽を以て最高の価値とする彼等には南は神聖な方角であった。当時は「北上・南下」ではなく「南上・北下」であった。
これはずっと後まで「君主は南面す」という習慣に残った。
我等もこれにあやかり、南方を志向するものである。
且つ又、後期大乗仏教(密教)の金剛界曼荼羅に於けるや、南方は宝生如来・虚空蔵菩薩の浄土世界である。
宝生は字の如く、また虚空蔵は虚空なるが故の無尽蔵である。
地下資源をその厚い氷雪の下に眠らせて居る現実の南極と何たる暗合であろうか?
更に又、気候温暖化の進む今日、南極の氷が融けると世界中の低地は海没し、南極は重しが無くなる分浮上するのである。
嗚呼その広大なる陸よ!そしてその豊かなる埋蔵資源よ!我等はその地政学的経済的基盤を南極大陸に置くのだ。
勿論資源の採掘と共に、大規模な工事が行われねばならぬ。
オゾンホールによる有害量の紫外線その他放射線の透過の問題をクリアする為、
我等が邑は地下に造らねばならぬからである。
次に「大臣民」についてである。
我等が國は國民総背番号制ならぬ、國民総大臣制を採る。
総ての民が大臣である。これにより下らぬ「大臣病」に陥る小人輩の跋扈を防ぐと共に、
「大臣民」たる事による國民の誇りと自律を促すものである。
勿論、國民等しく「帝」に仕える謙虚と礼節をも期待する。
「共和」とは支那「周」代の『共伯和(「共」という封地を持つ伯爵「和」)』による統治ではなく、
古代ローマの所謂 res pubulica (レス・プブリカ)より続く、公共のものとしての政体を意味する。
では何故「帝國」であるか?「共和」と矛盾するではないかと言う疑問の声が挙がるのは当然である。
我等が國に於ける「帝」とは、「帝」という名の神である。
支那「商」代には雨を降らし天界を統べるものとしての神名である。
具体的にはここは南極であるから、
「南華神君」である「荘子」・荘周さんにイヤでもこの役を引き受けて戴く。
ついでに神仏習合して戴いて、 Ratnasambhava 宝生如来の御加護をも期待する。
我等はその下に集い、理想の浄土を現実に顕ち現す為に共に和して働く大臣民たらんと欲するものである。
しかし現実にはこの國にも中心たる管理人が必要であるが、
これは「帝」の意志を霊感(インスピレーション)によって受けるキチガイ天才でなければ務まらぬ。
個人にとっては不幸な事であるが、この私、「襄平の古狸」こと田中菊栄に大命が降った以上私が務めねばならぬ。
その呼称を仮に「南極大帝」とする。しかしこれは飽くまでも「帝」の代理人たる事を示すものであり、
私個人への崇拝や服従を要求するものではナイ。
どころか、私より良く「帝」の意志を感ずるキチガイ天才・霊媒者・シャーマンが出でた暁には、
可及的速やかに「南極大帝」の役目を交代するものである。交代は、かの「吉里吉里國」と同じくタッチ制とする。
大臣民は凡そ旧制中學卒業程度の教養を要す。
我等が國では万機を公論に決する為、これを大臣民による帝國議会を以てする。
また位階は「大臣民」の規定以外は概ね日本の平安朝に於ける律令制の位階を用ゐる。
氷侯 図書頭従五位下
ヴォルテール兄さん 大學頭従五位下
奉天パンタ(ヴォルテール兄さんの娘 未だ乳児 シーボルトの娘が「失本(しもと)イネ」と名乗った如くに音訳の漢字姓で「奉天」) お子様大臣(令外官)兼采女佑正八位
モグちゃん 終身コピー大臣(令外官) 兼文章博士従五位下(日本国より出向)
えるぼう三沢みつを プロレス大臣(令外官) 兼木工頭従五位下(日本国より追放、漂着後亡命)
「襄平の古狸」こと田中菊栄(でんちゅうきくえい 「田」が氏「中」が名 「菊栄」はあざな 「諸葛孔明」式の名乗り) 南極大帝 管理人(殿下またはお上と呼んで欲しい)