人生の歯医者

 
男は歯医者を営んでいた。
駅から徒歩十分に位置し、立地条件の良さから生活に困らない程の収入は得れた。
「中山さん、どうぞお」
男は稼いだ金を使い、受付に若い女性を雇った。
今年で十九になる大学一年生だ。親元を離れて独り暮らしを始め、コンパや衣装代やら遊び代やらと何かと金が必要らしい。
男は面接に来た女を、迷わず即採用した。
「先生、お茶飲みますか」
女は知る由もないが、履歴書には一切目を通していない。女の端正な容姿があれば断る理由は特になかった。男は人生において女性とまともに会話する機会がなかった。それを女性の従業員を雇うという形で埋めたかったのだ。
「先生、美味しいですか」
女は心を込めて入れたお茶の感想を訊いてきた。
「うん、美味しい」
男は笑顔で応えた。暗い人生に明るい活路が見えたような生き生きとした表情だった。
 
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